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DMI 国際ろう者支援会 Deaf Ministries International

Deaf Ministries Update 国際ろう者支援会 近況報告

ろう者に福音を

2006年7月

祈祷課題

  • エジプトのろう者大会でクリスチャンになった40人、アメリカの旅での良い成果、メルボルンで成長しているDCCC教会、それらに対する感謝
  • エジプトの新しいクリスチャンのために
  • 増え続けている必要のための支援金が与えられるように

敬愛する友人と支援者の皆様

 皆様がこの働きを覚えてご支援くださることを心から感謝致します。

 何ヶ月かぶりにペンをとってこの手紙を書いています。というのも、ご存知の通り私はまた旅に出ていました。先月はウガンダ北部か他のどこかにいて、ニュースレターを書くことができなかったので、家内が書いてくれました。今は無事にメルボルンに戻っていて、寒くて震えています。

アメリカ旅行

 アメリカへの旅を素晴らしい時にして下さった方々に特別にお礼を申し上げたいと思います。ほとんどマイレージを使ってアメリカ大陸をあちこち移動しました。教会、家庭、食事会、委員会、小グループ、男性たちの会の昼食会や朝食会、ボランティアグループなどでDMIの報告をすることができました。そのすべてを終えた時には、自分の声に聞き飽きてしまいました。またカナダへも2度行くことができました。ピーターとリズ、マルタとダン、ボブとルーは食事会を開いてくださり、他の多くの方々も歓待下さって、多くのご親切に心より感謝しています。

 すべての方々が特別なのですが、特にオー・ヨンジャとその家族にブリテッシュコロンビアのテレスで再会できたことはとても嬉しいことでした。長くDMIをご存知の方々は当時オー・チップサと彼女の子どものユンソンとタエヒョンを覚えておられるかと思います。韓国で私たちと一緒に住んでいました。そのころ皆様の中で我が家に来られたことがあれば、彼女の美味しいご馳走を食べられたのではないかと思います。私はその美味しいお料理を今回またいただきました。彼女は今、同じテレスに住んでいる孫が3人います。

 ノースキャロライナ州で、以前日本におられたラードナー&モーリー・モーアを始め、日本のDMI委員会で長年奉仕くださったベスとジョージアにもお会することができました。すべての方々に感謝し、またここに名前をあげていない方々にも感謝しています。

ケニアとウガンダ

 翌月はアフリカに行きました。ケニア西部とウガンダ北部のグルまで同行してくれたのは、カリフォルニアのハンチングトンビーチ教会のダンとマルタ、スコットとケルシーでした。彼らのおかげで私たちはとても祝福されました。また彼らも私たちから祝福を受けたと思います。とても楽しかったです。彼らの大きな支援があって多くのろう者は祝福を受けました。オユギスの生徒に色とりどりの鞄と教育用品をいただき、DMIはハンチングトンビーチ教会によって多くの祝福をいただいています。

エジプト

 ケニアとウガンダで過ごした後は、ナイロビの教会のジョセファトを連れてエジプトでのDMI最初のろう者大会に行く予定をしていました。講師はメルボルンのロッド・チャップマンとマック&ロレイン・アダムとヨルダンから3人が来ることになっていました。ところが私の勘違いで、午後5時のフライトだと思ったのが午前5時のフライトだったので、私は乗り遅れました。他の航空会社の切符を買ったところコミュニケーションの問題で、またそのフライトにも乗り遅れました。確かにケニアの人たちは英語を話しますが、オーストラリアの英語とは少し違います!やっと最終日に大会に到着しました!

 私はロッドの通訳をすることになっていたのであせりました。航空券を買おうとしていたら、エジプトからのSMS通信で、大会の出席者70人のうち40人がクリスチャンになる決心をしたと報告がありました。ロッドがアラブの手話を知らないのに、それがどのようにして起ったかは不思議でした。神様に感謝すべきことは、ブラジルのグラウ・ヴァムエ(ヨルダン経由で到着)とロッドがアメリカ手話を知っていました。それで最終的にエジプトのDMIディレクターのソビーが通訳をしました。人生には複雑なことが時々あります。私のフライト問題の結果、主がケニアで起きていた問題をも取り扱ってすべてのことにおいて最善を成してくださいました。

その他

ミャンマー: ミャンマーのエステルは奇跡的に回復していて、医者も驚いています。この手紙が届くころには彼女はまた学校で教えているでしょう。皆様のお祈りと医療費支払いのために特別な援助をくださったことを感謝致します。

アメリカ: デュエイン&ジャッキー・リーブラントはアメリカでのDMIの報告会に行きます。特に彼らのタイとコロンビアにおけるDMI活動についてお聞きになりたければご連絡ください。

オーストラリア: グレンウェヴァリーにあるモナシシティ教会を会場に使っているろう者コミュニティクリスチャン教会(DCCC)の活動は順調です。メルボルンに来られた時には是非ご出席ください。また近くに住んでおられる方は是非ご出席ください。教会のコーヒーショップで午前10時から集会があります。出席している方々はいろいろと奉仕をして、自分たちに知らなかった賜物があることに気付いています。ろう者の子どもたちは健聴者の教会学校に出席し、礼拝後の交わりも健聴者としています。どうぞ私たちと一緒に礼拝にいらしてください。リズ・フィリップスはその教会員のひとりです。ここに彼女の証をご紹介します。

 神様の祝福が豊かにありますように。

ネヴィル、リル & イアン

リズ・フィリップス:

 母の妊娠中のはしかが原因で私は生れつきのろう者です。3歳から13歳までニューサウスウェールズ州のワラタで全寮制女子カトリック学校に入り、その後健聴者の学校に2年間通いました。私は南アフリカの男性と結婚し、今では大学生になった2人の子どもがいます。

 2000年には、オリンピック、学校の同窓会、ウォンゴンで両親の結婚50周年記念のお祝いと、楽しい年になると思いました。しかしウォンゴンにいた時に病気になり、病院で脳の検査をすることになりました。でも病名がわかりませんでした。母が怒ってとても不安になり、私たちはどうすれば良いか分かりませんでした。メルボルンに帰らなければならなかったのですが、身体が弱って帰ることができませんでした。

 数日後、私は転倒しました。母が救急車を呼んで病院に着いたところ、医者になぜここに戻って来たか尋ねられ、さらに検査を受けることになりました。それでも病名が分からず、専門医に診てもらうことになりました。診断の結果、ウイルスにより神経や筋肉を麻痺させる病気(GBS)だと分かりました。私の場合それが身体全体に広がって、腎臓、腸、肺などに影響を受け、正常なのは脳と心臓だけでした。専門医は私の病気は10万人に1人起る非常に稀な病気だと言われました。もっと早くそれがウイルスによるものだと分かっていれば何とかなったのですが、もう手遅れでした。この病気はインフルエンザの注射が原因である可能性が80%あると言われました。私はそれに対するアレルギーをもっていたのです。

 私はウォンゴンの病院に2週間入院し、その後ブルウッドのピータージェイムズリハビリセンターに救急航空便で移されました。3日後に医者が私の肺が作動しなくなっていることに気づき、私は息ができなくなったので、気管切開の手術をするため今度はオースティンの病院のICUに緊急入院しました。医者は私の家族に生存率は1%だと言われました。3日間意識不明になり、ICUに2週間いました。3ヶ月後にまたリハビリセンターに戻り、そこではもう二度と歩けないと言われました。それはとても辛い宣告でしたが、皆は私が頑張ってみる気持ちのあることを知りませんでした。

 皆が間違っていることを見せようと私はやる気をだして、体操、リハビリ、水泳、パソコンでの文字打ちなどに励みました。私が肯定的に物事を考えたのは、自分の子どもたちのためでした。6週間たってかなり良くなり、4ヶ月後に歩き始めました。医者は奇跡だと言われました。身体は一からまた筋肉や神経を作り始めました。医者は私がどうして直ったかを説明することができません。私は祈ったのだと言いましたが、医者は何も答えられませんでした。

 私は自分でやる気をなくさなかったことを嬉しく思いました。また祈ることによって、ウイルスと戦い続けられました。神様は私がどれほど祈ったかご存知です。また私がその時に聖書が読めなかったこともご存知です。でも神様は私の祈りに応えて、私を強め癒してくださいました。母は私が一生施設で生活することになると思っていました。それで直ったことを信じることができませんでした。

 祈りには力があり、今私の子どもたちはその結果を見ることができます。子どもたちも強い信仰を持っています。